大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(ラ)1302号 決定

主文

本件執行抗告を棄却する。

執行抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  本件執行抗告の趣旨は、「原判決を取り消し、有限会社ハクエイに対する売却を不許可とするとの裁判を求める。」というものであり、その理由の趣旨は次のとおりである。

〈1〉  本件競売申立の基礎となつた債権者平林清造のための根抵当権は、鮫島徳哲が本件建物の所有者鮫島武志に無断で設定したもので、存在しない。

〈2〉  鮫島武志は平成五年四月二日に死亡し、抗告人らが本件建物を相続しているのに、抗告人らに対して本件入札期日及び売却決定期日の各通知がなされなかつた。

〈3〉  抗告人は本件売却決定期日の前日に本件競売事件が進行していることを知り、同期日に出頭して前記事情を説明し、売却不許可とするよう陳述したのに、原審はそのまま本件売却許可決定をした。

〈4〉  本件競売事件においては、最低売却価額で手続費用及び差押債権者の債権に優先する債権を弁済して剰余を生ずる見込みがないにもかかわらず、民事執行法六三条の手続がなされていない。

二  そこで検討する。

1  抗告の理由〈1〉(根抵当権の不存在)について

民事執行法七四条二項は、七一条一号の「競売手続の開始又は続行をすべきでないこと」を売却許可決定の執行抗告事由としており、これらの規定は担保権の実行としての不動産競売に準用されている(一八八条)。

しかし、民事執行法一〇条が法に定めがあるときに限り執行抗告を許して民事執行手続の迅速な進行を図つていること、民事執行法の定める他の売却許可決定に対する執行抗告の事由はいずれも手続上の瑕疵を理由とするものであること、債務名義に基づく強制競売と担保権の実行としての不動産競売とでは、その基本的構造が異なるものであることを前提として、担保権の実行としての不動産競売については、担保権の存在を争うことができるよう、開始決定に対する執行異議の申立において担保権の不存在又は消滅を理由とすることができる旨明文の定めが設けられていること(一八二条)を考慮すれば、担保権の実行としての不動産競売における売却許可決定に対する執行抗告においては、担保権の不存在又は消滅は、右七一条一号に定める事由に該当しないと解するのが相当であり、抗告の理由〈1〉は採用することができない。

2  抗告の理由〈2〉、〈3〉(抗告人への期日通知の欠缺及び意見陳述)について

民事執行規則三七条、一七三条は入札期日等(入札期日及び売却決定期日)を債務者(担保権実行の場合の所有者を含む。)に通知しなければならない旨規定している。そして、本件記録によれば、本件建物の所有者であつた鮫島武志は平成五年四月二日に死亡し、抗告人及びその他の相続人が本件建物を相続したが、平成六年七月一四日の売却実施命令に基づく本件入札期日(入札期間と開札期日)及び売却決定期日の各通知は抗告人及びその他の相続人に対してなされなかつたことを認めることができる。

民事執行法二〇条は、特別の定めがある場合を除き、民事執行の手続に関しては民事訴訟法の規定を準用するものとしており、一見、準用される規定の中には訴訟手続の中断、受継に関する規定も含まれるかのごとくである。しかし、民事執行法四一条は執行開始後に債務者が死亡したときでも強制執行を続行することができる旨を定めており、これは民事執行手続の迅速な処理を図る趣旨に出るものとして、「特に定める場合」に当たると解され、これが同法一九四条により担保権実行の場合に準用されていることからすれば、担保権実行の手続の進行中に所有者(又は債務者。以下同じ。)が死亡したときでも手続は中断することなくそのまま進行されるべきものと解される。もつとも、所有者が死亡したときには相続人(相続人がないか存否不明のときは相続財産法人。以下同じ。)が当事者の地位を承継していることは明らかであるから、債権者又は所有者の相続人の申出によつて執行裁判所に所有者の死亡の事実及び相続人が判明した場合には、速やかに相続人に手続を承継させ、その相続人を所有者として扱い、以後の競売手続に関与する機会を与えることが望ましい。ただ、執行裁判所は当然に所有者の死亡を知り得る立場にはないから、執行裁判所が所有者の死亡の事実を知つた後にも、相続人に手続に関与する機会を与えないで進行させた場合に、その手続が違法となるか、違法の程度が重大かは、個々の手続の性格と相続人が手続の進行を知つていた程度等事案の実情により、所有者保護の要請と手続の安定ないしは競買申出人(又は入札者)の保護の要請とを比較衡量して判断すべきである。

本件記録によれば、平成四年八月三一日に本件競売開始決定がなされ、同年九月八日にその正本が鮫島武志本人に郵便配達人から交付する方法で送達され、平成五年九月一七日になされた売却実施命令(平成六年四月一九日取消)及び平成六年七月一四日になされた売却実施命令に基づく入札期日及び売却決定期日の各通知はいずれも鮫島武志死亡後同人の住所地に同人を名宛人として郵送され、相続人の一人である鮫島徳哲が受領していること、抗告人は本件競売事件の進行を知らなかつたが、本件売却決定期日の前日の平成六年一〇月一二日に本件競売事件の債務者で抗告人の弟の鮫島徳哲から聞いてこれを知り、同期日に出頭して鮫島武志の死亡を理由に売却不許可決定をすべきであることを陳述したこと、この時点で原裁判所に所有者の死亡の事実が判明したが、原裁判所は売却許可決定をしたこと、また、抗告人は前記根抵当権の不存在を理由に競売開始決定に対する異議を申し立てたことを認めることができる。

売却決定手続は、これにより所有者が不動産の所有権を失うこととなる重要な手続であるが、他方、既に保証金を提供して買受を申し出た者(そのうちの一人は最高価競買申出人(入札者)として不動産を取得する期待をもつている。)が生じた後の手続であるから、両者の権利の調整が要請される。前記事実によれば、本件においても既に入札者が定まつており、同人の地位の尊重も求められるうえ、本件において売却決定期日の通知等は被相続人宛になされ、相続人の一人が受領しており、通常の相続人間の交際があれば、抗告人ももつと早く右期日を知ることも可能であつたと考えられるし、さらに、抗告人は本件売却決定期日までに手続に関与するようになり、競売開始決定に対して異議を申し立てているのであるから、手続に関与できなかつた不利益は大きいものとは見られない。これらの点、ことに執行裁判所は本件売却決定期日の直前まで鮫島武志の死亡の事実を知らず、抗告人の申出によつて売却決定期日の直前になつてはじめて同人の死亡の事実を知つたのであつて、それ以前は同人宛に期日を通知してきたこと等を考慮すれば、原裁判所が鮫島武志の死亡後もその相続人に入札期日及び売却決定期日の通知をせずに売却手続を進めたことが違法であつたとすることはできず、少なくとも手続の進行に重大な誤りがあつたということはできない。

抗告人主張のとおり、抗告人が本件売却決定期日に出頭して鮫島武志の死亡と不許可決定をするよう陳述したことは既に認定のとおりであるが、この事実があつたからといつて、本件売却許可決定の手続に違法があるとか重大な誤りがあるといえないことは、既に判断したとおりである。

3  抗告の理由〈4〉(無剰余)について

本件記録によれば、本件事件においては、最低売却価額で手続費用及び差押債権者の債権に優先する債権を弁済して剰余を生ずる見込みがないにもかかわらず、民事執行法六三条の手続がなされていないことが明らかである。

しかし、民事執行法六三条の手続は、差押債権者に対する配当がない無益な執行を避け、あるいは優先債権者がその意に反した時期に担保の実行を強制されることを避けるための手続であり、もともと所有者を保護するための手続ではなく、無剰余取消により結果的に所有者が所有権を失うことがなくなるとしても、これは反射的利益に過ぎない。したがつて、同条の手続がなされず、また優先権者からの執行異議の申出もないまま売却手続が実施されて売却許可決定期日に至つた場合には売却許可決定がなされても、これによつて特に所有者の権利が害されるということはできず、抗告人は同条違反を理由に執行抗告することは許されない。

三  よつて、本件執行抗告は理由がないから棄却し、執行抗告費用は抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 上谷 清 裁判官 田村洋三 裁判官 曽我大三郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例